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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6663号 判決 1969年4月17日

原告 有限会社小原鍍金工業所

原告 カセイ電気工業株式会社

右両名訴訟代理人弁護士 中嶋真治

右両名訴訟復代理人弁護士 藤木たかね

被告 大西多喜男

右訴訟代理人弁護士 山田重雄

同 田中仙吉

同 藤田信祐

同 山田克已

主文

(一)  被告は、原告有限会社小原鍍金工業所に対し、金一五〇万六六〇〇円及びこれに対する昭和四一年八月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  原告有限会社小原鍍金工業所のその余の請求を棄却する。

(三)  原告カセイ電気工業株式会社の請求をすべて棄却する。

(四)  訴訟費用は、原告有限会社小原鍍金工業所と被告との間では被告の負担とし、原告カセイ電気工業株式会社と被告との間では原告カセイ電気工業株式会社の負担とする。

(五)  この判決は、前掲第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

<全部省略>

理由

一、原告小原鍍金が着色鍍金一般、焼付及び吹付並びにこれに附帯する一切の業務を目的とする有限会社であり、原告カセイ電気が照明器具の製作販売及びこれに附帯する一切の業務を目的とする株式会社であること、被告が照明器具の製造販売、電気機器の販売修理並びにこれに附帯する一切の業務を目的とする訴外会社の取締役(昭和四一年二月二八日までは代表取締役であったが、同年三月一日以降取締役が被告一名となったため、代表取締役の氏名が抹消登記された。)であることは、いずれも、本件当事者間において争いがない。

そして、訴外会社が、原告小原鍍金から別紙第一手形一覧表摘要欄記載のとおりいわゆる融通手形の振出交付並びに手形割引等を受け、その代りに、昭和四〇年一二月二〇日から昭和四一年五月一九日にかけて同表(1)ないし(11)記載のとおり約束手形一一通金額合計一五九万五六〇〇円を原告小原鍍金にあてて振出交付したこと、これよりさき、昭和四〇年一一月頃、原告カセイ電気と訴外会社との間で同原告の訴外会社に対する製作請負代金過払の有無に関する紛争についての示談が成立して、訴外会社は、同原告に対して合計金一三〇万円を、昭和四〇年一二月末日を第一回とし、爾後毎月末日限り、金一〇万円ずつ一三回に割賦弁済することとなり、右各割賦金を各額面とし各弁済期を各満期とする約束手形一三通を同原告にあてて振出交付したこと、別紙第二手形一覧表記載の約束手形八通は右一三通の一部であることも、当事者間に争いがない。

二、ところで、<証拠>によれば、訴外会社は、輝板金工業なる旧商号を称していた昭和三七年頃以降毎年赤字つづきのため、昭和四〇年七月商号を現商号に変更したりして再建に努めたが、工員の人手不足に加えて原告カセイ電気に対する前叙示談による毎月の割賦弁済金支払による負担等で業績必ずしも好転せず、金策も思うにまかせないため、昭和四一年五月一九日別紙第一手形一覧表(11)の金額一八万八〇〇〇円の訴外会社振出の約束手形一通の割引を原告小原鍍金に依頼してその割引金一六万円を入手しながら、これを同表(1)の金一六万円の約束手形の支払にあてることができなかったため、同年五月二一日右(1)の約束手形を不渡にし、その頃ついにいわゆる倒産をしてしまったこと(もっとも、昭和四一年五月に訴外会社が倒産したこと自体は当事者間に争いがない。)が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

三、(一) 原告小原鍍金は、別紙第一手形一覧表(1)ないし(11)の各約束手形は被告において訴外会社取締役の職務執行として各振出当時すでに各満期における支払の見込が皆無であったのに漫然その各振出行為をしたものであるから、被告に重大な過失がある、と主張する。

(二) <証拠>を総合すれば、訴外会社は昭和三七年頃から原告小原鍍金との間で互に一か月金一〇万円ないし金二〇万円のいわゆる融通手形の交換により資金繰りをして昭和四一年五月に至ったことその間、別紙第一手形一覧表(1)ないし(11)の各約束手形をも含め、訴外会社振出名義の約束手形については、すべて被告が訴外会社の取締役の職務の執行として訴外会社のための融資を得る目的でこれが振出行為をなしたこと、そして当初は具体的な使用目的がはっきりしているもののための資金を入手するために融通手形の振出がなされていたが、それが間もなくずれて来て月々の資金繰りのためになされるようになったこと、その間原告小原鍍金側は支払義務を果たすことができたが、訴外会社側は必ずしもそうでなく結局、前叙の如く昭和四一年五月二一日に不渡を出して倒産したため別紙第一手形一覧表(1)ないし(11)の各約束手形の支払をすることができなかったこと、被告自身かかる融通手形による資金繰りをもってしては健全な会社経営といえないから破綻を来たさないうちにこれを改善する必要があるとして昭和四一年一月頃、亡父の遺産である土地建物を担保にして文京信用金庫から金二〇〇万円ほどの融資を受けるべくその申込をしたが、成功しなかったこと、訴外会社はもともと被告の亡父以来の個人企業を有限会社にしたまでのいわゆる個人会社であって会社自体の資産としては元来さしたるものがなく、別紙第一手形一覧表(1)ないし(11)の各約束手形振出当時(昭和四〇年一二月ないし昭和四一年五月頃)においても日常の作業に必要な機械器具類があるくらいで簿価は数十万円となっているけれどもその時価ははるかに低く、また、預貯金として二百数十万円のものが計上されているが、すでにほぼこれに見合う融資を受けているので純資産としてはほとんど見るべきものがなかったこと、これに反して右の当時における負債はどうかというと、原告ら数名の債権者に対して三、四百万円の債務を負担していたこと、被告は、前記手形不渡の三、四日前から金策のため奔走していたが、訴外会社が前叙のとおり昭和四一年五月二一日倒産したため、暫くの間、身をかくさざるを得なかったこと(もっとも、倒産の事実、倒産後二か月ほど被告が不在だったことは争いがない。)、以上の各事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(三) 右認定の事実と前記一の争いのない事実及び前記二の認定事実とをあわせ考えるときは、訴外会社においては、昭和四〇年一二月以降約一年間は毎月金一〇万円ずつ原告カセイ電気に対して前記示談の割賦金を支払わねばならないのであるから、それだけ他の債権者に対する支払の余裕がなくなるわけであり、しかも、被告自身、融通手形による金繰りをもってしては早晩破綻を来たすことをきづかいながら、昭和四〇年一二月以降もずるずると従前どおり別紙第一手形一覧表(1)ないし(11)の各融通手形を振り出して急場を凌いでいたのであって、各振出当時、毎月前叙割賦金のほかに右各手形の各満期に各手形金を確実に支払えるだけの目途はなかったものと認められ、被告による右各約束手形の振出行為については訴外会社取締役の職務執行としてすくなくとも重大な過失があったものと認められる。

(四) ところで商法第二六六条の三第一項前段の規定は、いわゆる間接損害の場合のみならず、取締役がその職務を行なうにあたり、その重大な過失により、直接、会社債権者その他の株主以外の第三者に損害を与えた場合にも適用があるものと解すべきところ、訴外会社において別紙第一手形一覧表(1)ないし(11)の各約束手形を見返りとして原告小原鍍金から交付を受けた同表摘要欄記載の各約束手形のうち、同表(10)の摘要欄記載の金額金四万円及び金四万九〇〇〇円の約束手形二通を訴外会社が原告小原鍍金に返還したことは当事者間に争いのないところである。なお、右のほかに同表(9)の摘要欄記載の金額金二〇万円の約束手形(昭和四一年三月二三日原告小原鍍金振出、満期同年七月三〇日)についても訴外会社において原告小原鍍金に対し返還済であるとの被告主張の事実は、これを認めるに足る証拠がない。

そして、別紙第一手形一覧表(1)ないし(11)の各約束手形については今後ともその支払の見込のないことは本件口頭弁論の全趣旨によって明らかであるから、原告小原鍍金は被告の前認定の重大な過失のある行為により右一一通の約束手形の合計金額金一五九万五六〇〇円から前認定の返還を受けた約束手形二通の手形金合計額金八万九〇〇〇円を控除した残額金一五〇万六六〇〇円の損害を蒙ったものというべく、被告は原告小原鍍金に対し右金一五〇万六六〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることの明らかな昭和四一年八月六日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。

(五) してみれば、原告小原鍍金の被告に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、右認定の限度で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきである。

四、(一) 次に、原告カセイ電気の被告に対する請求について判断するに、昭和四〇年一一月頃同原告と訴外会社との間で前記一掲記の如き示談契約が成立したことは前叙のとおりである。

そこで、何故、右両者間で過払の有無に関する紛争が生じて右の如き示談契約の成立に至ったのか、その経緯事情を案ずるに、同原告が訴外会社に対し、昭和三九年一月八日から昭和四〇年一〇月三一日まで前後一九九回にわたって各種照明器具、主として螢光燈板金の製作請負方を注文し、訴外会社がこれを製作して同原告に納品して来たことは、前叙のとおり当事者間に争いがなく、証人大西晴子の証言、原告カセイ電気代表者花井四朗及び被告大西多喜男本人の各尋問の結果を総合すれば、原告カセイ電気と訴外会社との前示取引期間中、同原告の訴外会社に対する代金支払は翌月末払の約なので、訴外会社としては納品後約一か月しなければ現実に代金を受領できないところから、いきおい、前渡金ないし前借金の形で支払を受けざるを得なかったことが屡々あり、また、同原告から支給を受けた材料や部品代についても同原告側の出荷伝票が不備でその単価が不分明だったりしたため当然相殺すべき右の材料部品代の支払が未処理のままにされたり見積値段のまま請求した後同原告の要求で値引きしたものがあったりしたこと、他方、同原告としても、もともと個人経営だったのを昭和四〇年四月に至ってようやく会社組織にしたもので、帳簿が必ずしも正確でなかったり、人手不足もあって経理関係の検討が十分でなかったところから、訴外会社との間における毎月の精算を怠っていたが、会社組織になった以上、帳簿上、債権債務を明らかにする必要があったので、昭和四〇年一一月現在で訴外会社との取引関係を精算したところ、金一二六万円余の過払分が累積していたことが判明して両者合意の上で前叙示談契約が成立したこと、その間双方とも、ある程度過払の生ずることは承知していたのであって、訴外会社が同原告を害することを知りながら、ことさらに過大な請求をしていたものではないこと、被告は訴外会社の取締役として右示談契約に基いて同原告に対し昭和四〇年一一月頃前示各約束手形を振出交付し、他方同原告はその後も訴外会社に対し従来の発注量の十分の一位ではあったが毎月金一〇万円の返済分に相当する程度の注文をし、事実、訴外会社は昭和四〇年一二月分から昭和四一年五月分までは毎月金一〇万円ずつの仕事をして示談の約旨どおりの割賦弁済をなし得たことが認められ、右認定の事実によれば、本件過払金の累積については、必ずしも訴外会社のみを責め得ず、同原告にも一の責任があるのであり、被告は本件示談契約に基く義務の履行として同原告に対して別紙第二手形一覧表記載の各約束手形を振り出し、その振出当時、同原告からの発注がある以上、すくなくとも毎月金一〇万円ずつの割賦返済の限度では支払の目途があったのであり(しかも、原告カセイ電気代表者花井四朗の供述によれば毎月金一〇万円ずつの割賦返済は、訴外会社が同原告のために右金額相当額の製作を現実にすることによってするのであり、同原告としては訴外会社から交付を受けた前示各約束手形金としての支払の請求はしない約であったことが認められる。)これをもって当時、同原告の主張するが如き重大な過失があったとまではいい得ないものと認めるのを相当とする。従って、右の重大な過失のあったことを前提とし、商法第二六六条の三第一項前段の規定に基く、原告カセイ電気の被告に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

(二) また、同原告の主張するが如き詐欺による不法行為の予備的主張事実は、本件口頭弁論にあらわれた全証拠をもつてしても、これを認めるに足りない。

(三) してみれば、原告カセイ電気の被告に対する請求は、すべて理由なきものとして棄却を免れない。<以下省略>。

(裁判官 関口文吉)

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